すっかりいい気分になって、またもや少し迷子になりつつもホテルに辿り着いた後は、前後不覚となってベッドへ吸い込まれておりましたな。
スッキリした気分で目を覚ますとまだ4時。
朝日が登り始めるのを眺めながら時間をかけて荷造りし、二晩お世話になったホテルを後にいたしました。
予報通り良い天気となりそうな二日目は、遠野地方の猿ヶ石川水系へと向かいます。
ことある毎にガイド本などを眺めながら、ああでもあろうかこうでもあろうかと想像の渓を彷徨っておりましたな。
おかげで岩手県内の水系ごとに、大まかな位置関係もわかってきたと思っておりましたが、やはり実際に移動してみると何が何やらw
岩手県はやっぱり広いのだな〜と実感しておった次第であります。
尺上実績多数との前情報から、勝手に深山険谷な渓相を想像しておりましたがさにあらず。
これまで見てきた渓と同様の渓畔林に覆われた、落差も少なめで優しい雰囲気の流れでありました。
支度を整え浸透してみると、ロッドも振りやすく良い渓相でありますな。
そこここのポイントからは、昨日と同様のサイズの岩魚たちが飛び出し楽しませてくれます。
が、この渓のポテンシャルがこんなものではない事を知っているS氏にとっては、やはり納得のいかない展開のようでありました。
「次の大渕には尺以上の大物がいるはずです。運よく浮いていたら、それはどうあっても釣り上げてくださいね!」
「あぅハ・・イぇい;;」
「あそこです。慎重に行きましょう」
「がってん・・・」
特徴的な景色でしょうから写真のUPは控えますが(ホントは緊張のあまり撮り忘れたw)、大きな淵は凄みのある水色を湛え、いかにも大物をストックしていそうです。
先行して右岸を高巻くS氏から興奮気味に、魚が浮いていることが知らされます。
自身の手前には大きな倒木が水中へと横たわっており、この立ち位置からのアプローチはリスクが高いこと、視界に魚を捕らえにくいことから、自身も一旦右岸へ這い登ることにいたしましたな。
「あそこ、見えますか? 流れの筋に二匹。上流側の白っぽい魚の方が大きそうですが、下にいるヤツに走られたらこのポイントは終わりです・・・」
このような大場所は誰の目から見ても美味しそうですし、相手は尺以上・・恐らくは3シーズン以上を生き抜いているであろう魚であります。
いかにプレッシャーの低めな岩手の渓といえど、超センシティブである事に変わりはないという事でありましょう。
優に尺を超えるであろう魚影は二匹。さらにその下流では、それらより少々小さめな魚も一匹浮き沈みしている状況でありました。
その小さな魚を先に釣ってしまってから大物にアプローチすることとして、新たに結んだCDCカディスを投じましたが、これには反応せず沈んでいってしまいましたな・・・
「あ〜!ダメですね・・・ちょっとタイミングをはかりましょう。」
やはりスレているようでした。
沈んでしまった魚に上流側の大物が影響されたかどうか・・・岩に這いつくばった姿勢でフライチェンジを行いつつ、水面を凝視します。
あまりの緊張感で喉が渇いて仕方ありませんでしたな。
こんなポイントで思い通りにあの大物を釣ることができれば、もうこの遠征は成功であったとして、早上がりしても構わない状況であります。
しばらく経つと二匹の大物は同じ位置に戻り、静かなライズをするまでになりました。
「よし、気づかれてないですな・・・」
「たぶん次がラストチャンスです。一発で決めてくださいよ!」
慎重に立ち位置を移動し、ラインのメジャーリングをします。空を飛ぶラインのシルエットで走られる事を恐れ、下流側に定位した魚へターゲットを絞ります。
その魚のライズを確認した後、少しだけ間を開けます。
恐らくはドライフライ・フィッシャーしか気にかけないであろう、小さな渦が幾重にも描かれる流芯へと、フライが先行して流れるようにティペットへカーブをかけ、#12のブラウン系クリンク・ハマーを乗せることに成功しました。
細かな波に乗った上下動も含みつつ、ゆっくりとフライが流れてきます。
「あ、行った!行った!」
高い位置から見守るS氏には、一部始終が見えているようであります。反面自身からは逆光気味となっていたこともあり、魚の様子は見えておりませんでした。
しかしそう、来るのでしょう。
わかっておりますな!!
フライの左方向から、グワリと水面を割って襲いかかる岩魚の顔と目が見えました。大きな魚に特有の、抑え込むようなバイトであります。
褐色に斑を散らした隆々たる肩が再び水没するタイミングで、満々の自信を持って合わせを行うのであります。
来ます。あの感覚が。
たかだか数百グラムでしかない渓魚からの手応えの、その闘争、その戦慄、その忘我と昇華や揮発・・・!!
それを味わいたいがためにワタクシは遥々、ここまで来たのであります!!!
・・・すぽーん・・・
・・って・・・
「あぁ〜〜〜〜〜っ!?」
「えぇえ〜〜〜〜っ!?」
すっぽ抜けたフライは、虚しく手元に戻ってきましたな。
もうネ・・・全身から力が抜けていくと言うのはあのような状態のことを言うのでありましょう。
昨年の初夏にこの地を後にしてからと言うもの、どれだけこの日、この瞬間を待ち望んでいた事か・・・ 焦がれるような気持ちを内に抱えたまま、どれだけの日常と戦いつつも温め続けてきたでしょう!
春浅い管理釣り場や湖の辺りにあっても、今日の日を思わないことなどなかったのであります。
この瞬間に「ドシン」という、あのすべてが詰まった衝撃が、手や肩を通して全身と全霊に走ってくれる事を夢見て、いい歳こいたオッサンが多くのものを犠牲にしつつ今日を迎えておるのです!!
それなのに、千載一遇と言えるチャンスをモノにすることが出来なかった??
これまでの各地への釣行は、相手をしてくれた魚たちやフィールドで積み上げてきた経験は、
全てがムダだったと言うのかぁ〜〜っ💢!!!
「・・・ここは終わりですね、次行きましょう」
「ハイ・・・;」
狙っていた魚も、その上にいた魚もすっかり姿を消してしまい、淵は生命感さえ失ってしまったように見えました。
あれだけ魚が見えている事は珍しいと言う大場所で、Ossanは取り返しのつかない失敗をしてしまったのでありますな。
これまでチャンスをモノにできない事は常でもあり、いかにも自分らしく、それが実力であると受け止めてきたのでもありますが、これは流石にキツすぎるのであります。
昨年同様アテンドに徹してくれているS氏に報いるためにも、あれは何としてでも捕らなければならない魚だったのですな・・・
その後しばらく、なぜフッキングに至らなかったのかの反省に思考を支配され、何ともいえぬ気分で釣りを続けることになってしまいました。
「そろそろ終わりですね。この先少し行った堰堤が終点ですが、険しめで退渓点もないので自分はここで待ちます。1時間を目処に帰って来てください」
まだ午後になって間もないと言うのに、頭上を延々と木々に覆われる渓の其処ここでは、早くも夕刻の気配が分泌され始めておりました。
明日は帰路に着かねばなりません。ゆっくりと釣りができるのは、もとより今日が最後なのであります。
このままモヤモヤとした気持ちを抱えて帰るわけにはいかないではありませんか・・・ほんの少しですが、足捌きや体力にも余力が残っておりました。
わかりました。
ここまで追い詰められたからには、もうお約束となりつつある、
バーサーカーモード発動!!
しかありませんな!
この先がどのような渓相であるか、私にはわかりません。
満足な魚はもう出ないかも知れません。突っ込みすぎて怪我をしたり、進退極まってしまうかも知れません。
しかし漢には、もし先行きが不確実な状況なのであったとしても、全力でぶつからなくてはならない時があるのであります!!
腹に力を入れ、心細くなる一方である全身の筋肉群へ意識を巡らせます。
口呼吸がメインに切り替わりますが、意識して音を発しつつ呼吸することで、集中しすぎから起こる酸欠状態を防ぎます。
唾が飛んだり、たまにヨダレが出てしまうのは秘密であります。
唐突にフル回転を命じられた心臓は文字通り早鐘を打つような脈拍を刻み始め、スマホに入れてあるアプリがアラートを発します。
要所要所で熊よけの電子ホイッスルを鳴らしながら、目につくポイントを次々スーパーハイペースで打ち続けます。
全身から汗が吹き出し、少しでも俯こうものならば、すっかり薄くなった頭髪に邪魔されることなく額や頬を伝い、バタバタと水面や足元へと滴り落ちます。
かわいいゴルジュもありましたが、もうパンツのことは気にもしておりません。
岩盤際で数尾を手にした後は、臍まで流れに浸かって突破しましたな。
大物を・・・!
残りの1時間で、どうか尺イワナを恵んでください!!
この渓を統べる遠野三山の神々に、心の中で叫んでおりましたな。しかしそんな願いも虚しく、行手には轟々と飛沫をあげる大堰堤が見えてきてしまいました。
堰堤にも様々な構造のものがあります。魚道が穿たれた小規模なものや、はるか高い位置からほとばしる滝が大きな淵を形成していたり。
遠目から眺める堰堤はそのどちらにも当てはまらず、浅いコンクリの川床を持った一番面白くないタイプのものであることが見て取れましたな。
どうやらストップ・フィッシングであります。
必死になって命を燃やし、手練手管の限りを尽くしもしましたが、岩手の渓は今回も尺イワナを与えてはくれなかったのでありますな・・・
仕方ありません。
急速に力の抜けていく大腿や遊び始めている膝に最後の喝を入れつつ、もう次はいつ来れるともわからない、死角となっている堰堤直下の様子を確かめに行くため岩をよじ登りました。
すると、巨大な岩盤を削り取ったような浅く細い流れに、背が低く新鮮そうな下生えが覆い被さって、何ごとかを感じさせる流れが目にとまりました。
堰堤までの間に、ポイントらしいポイントは本当にそこが最後でありましたな。
「ここだけココだけ・・・」
勝負を早くするため#10まで上げていた半沈み系ピーコック・パラシュートを、そのままトレースします。
すると、出たのでありますな!
あの大場所で食わせ損なった魚と同等か、少し小さめであろうくらいの魚の背中が、勢いよく突進した末「フライを食い損ねた」のであります!
水面を切り裂いたその背中は、飛沫とともにフライを跳ね飛ばしてしまいましたな。
落ち着き始めていた脈拍が再び吹き上がり、ロッドを持つ手が震えてカタカタと鳴っています。
「ダイジョウブ・・大丈夫だ・・・」
何が大丈夫なのかわかりませんが、とにかくその場にしゃがみ込みます。
フックに絡んだ食い損ね方ではありませんでしたな。アワセもくれていないので、まだそれほど警戒されなかったはずであります。
しかしアピール度の高いこのフライが使えるのは、あと一流しが限度でありましょう。
もう時間は残っておらず、ゆっくりとタイミングを図るわけにもいきません。
ティペットの結びをチェックし、念入りにフロータントを施しましたな。
カン以外の何者でもありませんが、どうやらあの魚は元々、水面の餌を積極的に襲っているタイプではなさそうに思えました。
「デカくて食えそうな虫っぽいものが突然流れてきたので、つい反射的に食おうとしてしまった」・・・そのようなバイトに感じられたのであります。
と言うことは、できる限りフライを長く食べやすそうに流してやり、しっかり食う気にさせなければならないと言うことでありますな。
今残っているシステムのままに、最大限のスラックが入るようにフライを投じます。すると、うまいこと岸際のエグレを捉えるレーンへ乗りました。
魚が出る時に特有の生命感を纏ったフライが、ゆっくりと、ゆっくりとポイントへ近づいて行きます。
あとはアワセ損なわないことだけですな・・!
バシっ!!
本日の釣行中、S氏から口酸っぱく指摘されていた「強すぎる合わせ」を、ついまた行ってしまいました。
しかし手元にはビィーン・・!という、これを感じた時はバラしたことはない、と言う確信の手応えも返ってきておりましたな。
今回の東北釣行では初めて、且つこれまでとはレベルの違う強烈な力がロッドを絞ります。
ややこしい場所へ潜り込まれないよう、6Xティペットの限界まで張力を上げます。
もし直下の大きな落ち込みを降られても、最悪岩を飛び降りて追いかける覚悟はできておりましたな。
それほど広くもないポイントを走り回った岩魚をネットへ収めると、バサリバサリと中々抵抗をやめる気配はありませんでした。
比較的スレンダーと見えますが、その鰭の逞しさや顔つきから推察するに、数シーズンの厳しい冬を乗り越えてきた個体に違いありません。
「やった・・・やった・・ありがとう・・ありがとう・・!」
乱れた呼吸を整えながら、暫し渓と森の分泌物である遠野の宝石に見入っておりました。
背中には薄く、周囲の木々の色を映しております。全身に散る斑紋の様子も、川床の小石の色彩にマッチさせている不思議。
うまく説明できないですが、他河川の岩魚たちとも明らかに違った表情を持っているようでありますな。
戦慄よりは充実、揮発よりは感謝の気持ちが沸き起こり、この時自身を取り巻いていた全てに向かって、まるで放射が起きている感覚に包まれましたな・・・!
まさにタイムアップ直前の出来事。
イワナもOssanの帰路を案じてか、別れを惜しむ風でもなくあっという間に我が手から逃れて行ったのでありました。
またしても・・・またしても最後の最後というところで、今遠征の目標とも言える尺岩魚をゲットできたのでありますな。
円は、閉じられたのであります。
コケつまろびつ、走り下るように待ち合わせ場所まで戻り、
「やりました!とうとう尺イワナが出てくれましたよ!!」
勇んでS氏に報告し写真を見せます。ですが肝心のS氏は、
「ああ、それは良かった。ではこれで上がりましょう・・・」
なんともテンションが低いのであります。
ん〜〜??と思って聞いてみると、別れて釣りを始めた後、下流を熊が横切って行った(!)とのこと。
昨年に続き今年の遠野にも熊の目撃情報が相次いでおり、数日前には襲われた方が亡くなってしまった事件も発生中なのでありました。
エリア的に離れているので別個体でありましょうが、こちらも複数人での釣行とはいえ、薄暗くなる前には撤収しなくてはなりません。
林道へ這い上がればまだまだ陽が高く感じられ、時間が惜しく感じます。しかしここでは紛れもなく、熊たちが最強の生物なのでありますな。
人間、アウェーで無理をするものではありません。
昨年に来た時から、せっかく遠野まで行くのなら民宿へ泊まってみたいものと考えておりました。
今回は大工町という地区にある「りんどう」さんという民宿へお世話になることにしておりましたな。
部屋へ荷物を運び込んだあとは、窓からの景色がお寺&墓地ビューだった事に一瞬ギョッとしつつも、これまた懐かしい畳敷きの和室でゴロゴロしているうちに寝入ってしまいました。
すっかり夕方になって目を覚ましましたが、もう一つの重要なる目的を果たさねばなりません。遠野市街の散歩へと出かけましたな。
ご存知の方も多いと思いますが、近年の遠野は民話と並び、ホップの生産地として名を馳せるようになっております。
その地場ホップを使用したクラフトビールを店頭で飲ませる店が、たまたま宿の近くに存在するのでありました・・・
地域のターミナルであるはずの釜石線遠野駅にも近い立地でありますが、散歩をしていても人影はほとんどありませんでした。
そんな中で、この「遠野醸造TAPLOOM」さんに入っているお客はOssanを含め5名。まぁ繁盛しているのですな。
しかしみなさんそれぞれに、何やら厳しい顔をしながら真剣にビールへ向き合っている様子であります・・・
一日中汗を振り絞った末に辿り着いたワタクシが、キリッキリに冷えた一杯目のビールに全身全霊を感動的に打ちのめされ、
「ブハあぁあ〜〜! なんだコレうめえ〜〜っ!!! もう兄ちゃん良いから、メニューの上から下まで全部ちょうだいよ! あ、サイズはLでね!!」
などと一人で大騒ぎできる雰囲気ではございませんでしたがね・・・
すっかり満足して宿へ帰り、身体を捩らずに済む大きなお風呂でさっぱりした後は、しみじみと飲みなおしさせていただきましたな。
食堂では結構な人数が同宿するのだと言うことにも気付きましたが、その割に皆さんマナー良く、宿内は静かに過ごすことができました。
部屋へ上がって、ムリの代償である身体中の痛みを堪えつつ浴衣へと着替えます。布団に転がって天井を眺めながら耳を澄ませます。
どうやら虫達の声が楽しめるのにはまだ少々早かったようですな。
柔らかな初夏の大気のフィルターを通した車の音が時折聞こえてくる以外は、至って静かな夜が更けていくのでありました。
説明しようのない懐かしさや、ゆっくりと過ぎていく時間に包まれていることを実感し、持ってきた本も読もうとは思いませんでしたな。
やはり明日の釣りはしないでおこうと、この時に決めたのでありました。
すでに身体は限界らしいと言うことが一つ。
もう一つは、これ以上釣りを続けたとしても、今日の岩魚を超えるような魚と出会える可能性は低いのだろうという予感でありました。
そうであればこれ以上深追いをせずに、良い気分のままこの地を後にした方が後々の精神衛生上もよろしいと思えたのでありますな。
ですので、最終日は昨年同様S氏にお願いし、各地を観光したのち帰京といたしました。
欲を言えば、もう数週も前に訪れることが出来たなら、それこそ桃源郷に身を置くような釣りができたのかも知れませんな。
あちこちの渓を順繰りに、宿を取るのでも車中泊でもキャンプでも良いですが、もっとゆっくり&ジックリと釣ってみたいものであります。
もし1〜2週間も時間が作れるのであれば、岩手〜秋田、青森のフィールドまで視野に入れることもできるでしょうかな?
そのようなことは現状叶わぬ夢でもありますが、ワクワクしつつ妄想するくらいは許していただきたいところであります。
さてさて、今回の釣行記はこれにておしまいであります。毎度捉えどころのない冗長な文章にお付き合いいただき、感謝申し上げますな。
未だ梅雨も明けていないと言うのに、とんでもない猛暑が各地を襲っておる昨今であります。
先日Ossanは何を油断したものか、熱中症とやらにかかり酷い目に遭いましたな・・・実は今現在も残症状に苦しんでおったりします;;
皆様もどうぞ無理をせず、特に屋外では安全最優先で(お前が言うなですが;)楽しんでまいりましょう。